冒険の書

27歳と6ヶ月のときに未経験でITエンジニアに転職した元派遣会社営業職(文系)が綴るブログです。同じように20代後半から未経験でIT技術者に転職することを検討されている人に「27歳からの未経験がどれだけ成長できるか」という点などで参考になれば幸いです。

2015年を振り返る

2015年も、本当にいろいろありました。

2015年以前も、いろいろありましたが、今年は本当に成長を感じられる年でした。

2013年11月末日に、2年強務めた派遣会社の営業職を離職し、27歳にして、未経験で派遣社員としてエンジニアへ転職しました。

2015年9月末日、初めての現場で任されたPJを当初のスケジュール通り完遂することができました。

そして、2015年10月より、新たな会社へ転職し、3ヶ月間の研修へ入りました。

その研修がとうとう今月で終わりました。

 

その過程で、本当に多くのことを感じ、自分の成長を感じるところもあれば、三つ子の魂百までとばかりに、まったく成長を感じられないこともありました。

以下では、そんな今年を今後の自分にために振り返っていきたいと思います。

 

1月

新サービスで使用するリバースプロキシの構築も完了し、小休憩となった1月。ドキュメント作成メインの定時上がりの毎日だった……が、しかし。

恵方巻きももう目と鼻の先まで近づいていたところで耳に入ってきたのは、glibc脆弱性「GHOST」でした。自分自身は、この脆弱性によるサービスへの影響はないと判断していたため、対応に消極的でしたが全体判断で対応を迫られることに……。

プライベートでは、猫カフェにハマっていろいろな行っていた。

2月

脆弱性対応の対象となるのは本番9台開発9台の計18台。それらは私が着任してからは一度もOSの再起動をしたことがなく、我々もヤブを突くような真似は極力避けてきたため、OS再起動を実施するのはこれが初めてだった(研修中に1回だけ開発の1台を再起動した実績はある)。

苦労したことは主に2点。再起動手順の作成と、正常性を担保するためのテストケース。

前任がいた時はベテランエンジニアもチームに含まれていたため、再起動手順は手順書としては存在しなかった。そのため、2014年夏に私が作成したものしかなかった。それは当時のリーダーに承認を得ていたものだったが、私としてはどうも納得がいかなかった。そして、その手順書が実際に必要となった今回の対応で再び見たところ誤解を招きかねない書き方であったため局所的に見直しを図った。個人的な価値観だが、手順書というものは、月曜日の朝や夜間の救急対応時などに、頭を空っぽにした状態でも、書かれた手順を上から下へ読み飛ばさず実施すれば、目的を完遂できる水準になければいけないと思っている。以前私が作成した手順書は到底、そのレベルには至っていなかった。

この手順作成は、サービスの起動や各サービスの役割や仕組みを再認識するのにとても役に立ったと思っている。この手順の見直しを通して、私は自分の管理対象であったサービスにより詳しくなることができた。

 

テストケースについては、相方が作成を主に担当した。相方だけに正常性を担保するための業務を押し付けるわけにもいかずサポートしたが、正直あまり力にはなれていなか

った。サービスの正常稼働を担保できるテストケースは作成できた(と思っているが)が、実際にどこまでやれば担保できるかというのがあのときの自分では判断がつかなかった。おそらく、今(2015年末)の自分であれば、もう少しマシな判断ができていることだろう。とにもかくにも、テストというのは難しい。

そんなこんなで、2月はこのテスト1ヶ月をまるまると費やしたのだが、実は水面下で別の問題も姿をちらつかせていた……。

プライベートでは、OpenStackの導入に挑戦していた。いろいろ試した結果。ConoHa上でのRDOしか成功しなかった。

3月

2014年末の打ち合わせ時から、その顧客が2015年3月〜4月にサービスを開始したい旨は周知されていた。当然、主担当であり、プロジェクトの舵取りをしている自分もそのスケジュールで動いていたのだが2月中旬に思わぬ事態を迎える。

―リリース判定が進んでいない

リリース判定は、派遣社員ではできない。派遣先の役職者が行うものだ。それが、その上司が多忙であったこともあり、手が付けられていなかった。

システムをリリースするにあたり、そのシステムがリリースするに妥当なものかを複数の会議体で決議を採る必要がある。これは、通常なら1ヶ月を要するとのことだった。しかし、事態はそんな悠長なことも言っていられなかった。この話が噴出したのは2月中旬。顧客は早ければ3月には新サービスをスタートしたいと言っている。そのため、急ぎで各所に対応を依頼したが、今度は、旧サービスと新サービスで利用形態が違うことやそれに伴うシステムへの設定の変更の必要やら、様々な問題が噴出してきた。

これまで契約側や企画側とコミュニケーションを取っていたことが功を奏したのか、顧客とも調整することができ、なんとか4月からの新サービスのスタートへは漕ぎつくことができたが、新サービスへの移行でもDNS切り替え後の対応を誤ってしまったりと3月も1ヶ月を通して大変なひと月だった。

ちなみに、DNS切り替えの件だが、通常DNS切り替えは事前にTTLを短くしておけば(たとえば5分とかに)切り替え後5分経過すればキャッシュが消失し、新たにDNSへ問い合わせを行い新たなDNSレコードを参照するが、社内プロキシを利用していたいるすと、うまくいかないことがある。

プライベートでは、たしか Linux from scratch にこのあたりで挑戦していたはず。

そして、初めてロードバイクに乗った。

4月

新サービスも無事サービスインとなり、一息つくことができたが、社内体制の変更により引き継ぎ関係で慌ただしくなった。それ以外を除いては、システム的にも落ち着いたひと月だった。

5月

新サービス用の開発サーバでメモリの異常な上昇が継続して観測された問題を解決することができた。原因は、curlのバグ。環境変数を適用することでメモリ使用率を下げることがわかった。

6月

この頃から徐々に転職を意識し始めるようになった。それは、現在の自分の置かれている立場が派遣社員であり、PJの収束とともに契約満了を言い渡される懸念があったからだ。

この頃に行った担当営業との面談では、Linux案件はない、と言われた。NW系を拡大していきたいと。自分としては、未経験から約2年間に渡り積み上げ続けてきたLinuxに関するスキルを伸ばしていきたかったし、その方が収入に繋がると思っていた。

次の話が出てこない上にNW系しかないのであれば、早々に自分から転職先を見つけておきたかった。

7月

顧客より、障害確認の連絡があった。APサーバからのレスポンスでエラーが頻発し、エンドユーザのビジネスに影響が出ていると。しかし、我々のシステム上には被疑はなかった。結局のところ、NW側の問題であった。ルータがNAPTする際に送信元ポートを割り当てるが、その動作がインクリメント方式からランダム方式に変わってしまったこと及び、その割り当て間隔(time_wait)が0秒(Linuxなら60秒)であったため、time_wait前に送信元ポートを再利用してしまい、信元ポートが重複することにより受信側でRST ACKを返してしまいエラーが発生していたことが判明した。

その他には、恒例のBIND脆弱性対応。

プライベートでは、転職に向かって少しずつではあるが動き出した。

8月

転職活動というものは難しいもので、案件だけではなく、待遇面や会社の規模、ネームバリューなどいろいろな要素を考慮しなければならない。その中でも、待遇については最終面接に合格し、待遇条件を提示されるまでは気が抜けない。安易にどんな条件でも御社になどと言ってはいけない。さもなくば、自分の想定していた条件とはかけ離れた待遇を提示され落胆の色を隠せないことだろう。自分自身、賞与や残業抜きでは、現職よりも下がってしまうことになり、待遇面では納得がいく転職ではなかった。

無事転職先が決まった8月中旬、現職の会社に退職届を提出した。もちろん、引き止めくださったが、丁重にお断り。その後も、職場まで面会に来られての引き止め面談が行われたが改めて丁重にお断り。

9月

作業がある日のみ出社し、残りはすべて有給消化に充てた。たしか、10日も出社しなかったはず。休んでいる期間はDBの勉強をしたのだが、正規化などの勉強ばかりで、全然MySQL自体の勉強をしなかったせいで、次の会社へ入社してから大変だった。

10月

入社時研修を終えた直後から研修先でのMySQLの研修が始まった。

最初は座学をしつつ、練習でのレプリケーション構築作業を行った。

11月

Galera Cluster を MySQLMariaDB で検証する作業が始まった。この作業では、検証環境の構築からも行い、yum のローカルリポジトリやHAproxyについて学ぶことができた。また、ssh接続する際に sshpass というコマンドで ssh 接続時のパスワードを入力不要する方法を学べたことも大きかった。更にリーダー的役割を担わせていただけたことで、リーダーとしての働き方に自信がついた。

後半からは検証の自動化のためのスクリプト作成も任せていただけて、今までbashでまともにスクリプトを書いたことがなかったのでこれも大きな勉強になった。

しかし、スケジュールが押していることを理由に、歓迎会を断ってしまったのがイタイ。

12月

MySQL についての性能調査を任せていただけた。これにより MySQL について全体的に詳しくなることができた。また、MySQL に関する2つの資格(DBA,Developer)を取得することができた。

プライベートでは、サバゲーを初体験できた。

 

以上、簡単ですが、2015年の振り返りとなります。

以下、2015年の総括です。

技術的な観点では、LFSをしたりカーネルに手を出したりと多少は技術の深堀の第一歩を踏み出せた感じでした。

仕事的な観点では、やはりイージーミスがつきまといます。また、時間をかけすぎてしまう傾向があります。

その他では、ロードバイクやサバゲー猫カフェ、水泳に挑戦することができました。水泳に至っては生まれて初めて25mを泳ぎ切るという快挙(笑)を成し遂げました。また、転職してからは少し体を絞ることができました。(またリバウンド気味ですが……orz

女性関係は、一切進展なしです。

しかし、仕事を通じて自分の成長を感じられたことが大きいです。

 

さて、2016年はというと。

技術的な観点では、MySQL を柱として知識を広げていくつもりです。また、春に基本情報技術者、秋に応用情報技術者に合格する予定です。

仕事的な観点では、イージーミスを減らし、より短時間で、より高品質の成果を出せるよう考え方を再構築していきます。

その他プライベートでは、今年はダーツに挑戦してみたいと思います。また、1人ボウリングなんかもしてみたいですね。あと、ボルダリングへもコンスタントに通いたいです。

恋愛は、誰かいい人が見つかればいいなーってかんじですかね。

そして、人間としての成長をやはり一番に考えていきたいですね!他者への、感謝や尊敬、尊重を忘れずに、自分の学んだことをフィードバックしていきたいです。

 

2016年は30歳という節目です。

今まで以上に飛躍となる一年にしたいと思います。