冒険の書

27歳と6ヶ月のときに未経験でITエンジニアに転職した元派遣会社営業職(文系)が綴るブログです。同じように20代後半から未経験でIT技術者に転職することを検討されている人に「27歳からの未経験がどれだけ成長できるか」という点などで参考になれば幸いです。

【IT系】システム移行プロジェクトを担当して大変だったことをまとめてみる。

2013年12月に転職し、翌2014年3月までは研修を行い、4月〜6月までは新体制において体制づくりを行った。

そして7月、10社程度の各利用顧客を現行システムから別システムへの移行プロジェクトがキックオフ。

期限を翌2015年9月としたプロジェクトが始まった。

 

現在は、2015年6月。

重たい案件は残っているが、ほとんどが恙無く完了した。

ここまで終わらせられたのも、関係各位の尽力のおかげにほかならない。

手前味噌だが、自分自身も他部署の方々に働きかけ、プロジェクトを円滑に進められるように努力したつもりだ。

 

今回は、プロジェクトも架橋にさしかかってはいるものの、既に下準備は完了しており、後は実行するのみという成熟した状態である。故に、精神的にも余裕があるため、プロジェクト後半戦に向けて、これまでを振り返る、そして今後の復習用として、ここに記録したいと思う。

 

大変だったこと その1ー旗を持っている人が旗を振っていない

こう書くと語弊があるし、失礼極まりないのだが、実際に感じたことである。

当たり前なのだが、PMは基本、プロジェクトが動き出すとなにもしない。メンバーから報告を受け、舵を切る。ただ、それだけである。もちろん、舵取りがとても責任重大であることは知っている。それは、いい。とても、感謝している。しかし、そこではない。

 

ー決まり事を決めるだけ決めて、各決まり事の担当者が決まっていないー

最初の最初から完璧な計画をできる人なんて、どれだけいるだろうか。ましてや、移行を名目とした売れないシステムの吸収合併である。工数なんて、たいして割かれているはずもない。

 

今回、私は移行先の新環境を構築しつつ、移行の先導も任されていた。IT知識なんて付け焼き刃のLPIC level2程度の知識しか無い私にとって、導入手順の作成から、各種パラメータの設定、導入事前検証、そしてテストケースの作成と及第点を得るのは至難であった。それこそ、睡眠時間は、平日平均2〜3時間だ。2徹もした。年初から始まった研修のときからこの平日2〜3時間は続いていた。つまり、半年はこの状態が続いていたということである。今では考えられないミスをしたとまでは言わないが、システムテストやパラメータの設定方法の勘所を知らない上に、睡眠不足やミスのスパイラルによる予定の遅れのプレッシャーなどから判断力も鈍っていたのではと思う。これくらい、過去の自分を庇っても罰は当たらないだろう。

 

 閑話休題

最初は気づかないことも、物事が進むごとに気づくものである。それが、上り坂であれ下り坂であれ、曲がり角であれ、落とし穴であれ。問題は、気づいてから軌道修正可能なほど猶予があるか、という話である。

いくつか、実例を挙げよう。

  • 『旧システムと新システムの利用料金は重複しない』と決めたまでは良かったが、それを主導する担当者および関係者各位とそのスキームが共有できていなかった。

『システム間の移行』という性質上、どうしても旧システムと新システムを利用する期間は重複してしまう。

これを、回避すべく考案されたのが上記だ。そう、考案されただけだった。問題は、本件を協議した場にいた誰もが、自分の既存の責任範囲だけにしか興味を持たず、本件をどう処理するかに対して疑問を持たなかったことだ。

PMが上記のようになっているというので私も、契約管理部隊で勝手に重複しないように処理をしているものだと思っていた。だから、各案件の現システムの解約日時と新システムの契約日時について、特に意識していなかった。

結局、本件は私が主導で各部署と調整することで、スキームを確立した。

 

幸い、本件は事なきを得たが、更に発覚が遅れていたらどうなっていたことか。

ちなみに、発覚の原因は、顧客事情により、すでに押印済みの解約通知書を契約管理部隊へ展開できておらず、その件を伝えに行った際に、請求について聞いたことによるものだ。

 

旗を振るのであれば、後続者が迷わなくていいように進路を示し続けて欲しい。旗を持ったはいいが、行き先がわからないはなしである。

 

 

つづく